【 心理学における「昇華🌸」について。by.PN辛麺 】
こんにちは。レインボーマーリンのB型を利用しています、P.N辛麵です★
お陰様で日々小さな成果をコツコツと積んでります。ブログ担当は3回目です。
4月、新年度に入り世の中はバタバタと手続きに追われて大変な時期だと思いますがどんどんAIを取り入れ「事務作業」や「論理構成」を任せていきたいですね★AIの開発者はそれが目的であり、人間は「意思決定」「感情的な繋がり」「クリエイティビティ(創造)」に専念できるように変えていきたいみたいですよ!
レインボーマーリンには今月から新しく福祉業界経験豊富で美しいお二人に出会う事が出来ました🌸森所長とブルーから椎屋さんの出会いでレインボーマーリンの雰囲気がまた更新されました☆とても憧れで早速日々頼りにさせていただいております。私は去年の11月半ばからの利用で榎田所長に日々支えて頂きました。榎田さんが一生懸命に繋いでくれたこの環境を今後もより良いものに進化して行けるように、私も頑張ります🌱✨日数皆勤ですが3か月達成しました☆現在完全皆勤挑戦中です!
今回は、最近「物事を昇華させる。」という言葉を多々目にする機会があり、
深掘りしたいと思います!昇華とは心理学用語でネガティブな症状を悪化させない為の健康的な高度な思考技術になるそうですよ✨
結論:Wikipediaなどで「病状」の文脈に書かれていました、昇華が「心の健康状態を測るための指標の一つ」だからだそうです。「悪い意味の症状」ではなく、心のバランスを保つための「ポジティブな心の働き」として分類されているとか★
以下はGoogleAIモードから引用しています。
①「心の守り方」の分類であるため
心理学における昇華は、不安や葛藤から自分を守るための「防衛機制」というメカニズムに分類されるとか。
防衛機制には、現実逃避や攻撃、忘却(抑圧)など、ときには「症状」として現れる不健康なものも含まれています。
精神医学の文脈では、これらの「守り方」がうまくいかないと心の病気に繋がるため、診断や治療の対象となる「病状」や「症状」の項目と同じ枠組みで語られることが一般的だそうです。
②「最も健康的な解決策」として紹介される
昇華は、数ある防衛機制の中でも、葛藤を芸術やスポーツなどの価値ある活動に変える「最も成熟した(健康的な)反応」とされているそうです。
病状やメンタルヘルスの記事では、問題のある反応(例:投影や否認)と比較するための「理想的な対処法(解決策)」として登場しています。
つまり、「病気そのもの」ではなく、「心のトラブルを病気(症状)にさせないための高度な技術」として、精神科などの専門的な文脈で扱われている。
辛麺が個人的に好きなとある学者さんの理論では「精神的な苦痛や崩壊は成長のために必要である」という逆説的で複雑な内容のものが海外には存在しています。
今は英語も日本語に翻訳されるので有難い時代に生まれて幸せです!
https://www.positivedisintegration.com/
「認知のゆがみ」との日々闘い。
①「理想」と「現実」のギャップが苦しみを生む
この学者さんが言う「重層的(マルチレベル)な発達」においては、「こうあるべき自分(高い価値観)」と「情けない今の自分(低い現実)」が激しくぶつかり合います。
この時、認知がゆがんでいると、「自分はダメな人間だ」という過度な自己否定(抑うつや不安)に陥り、成長のためのエネルギーが「自己攻撃」にすり替わってしまいます。
②「不適応」をどう解釈するか
普通、社会に馴染めないことは「悪いこと(病状)」と捉えられがちです。これも一種の固定観念(認知のゆがみ)かもしれません。
しかし、この学者さんはそれを「積極的不適応(Positive Maladjustment)」と呼び、高い価値観に従うための健全な反応だと肯定しました。
「自分がおかしい」という認知を、「今の社会の価値観に合わせない自分の方が誠実なのだ」という新しい認識に書き換える闘いこそが、成長の鍵になります。
③感情の激しさ(過度激動:OE)との付き合い方
この学者さんの理論で重要な「過度激動(OE)」を持つ人は、物事を人一倍強く感じ取ります。
一度「自分は嫌われている」と思い込むと、その認知が雪だるま式に膨らんで止まらなくなる。
正義感が強すぎて、世の中の不正に対して「もう終わりだ」と極端な結論(全か無か思考)を出してしまう。
こうした強烈な感情に伴う「認知のゆがみ」を、いかに客観的に眺め、「これは自分の特性による反応であって、事実そのものではない」と切り離せるか。これがまさに「闘い」になります。
この闘いは、単に「ネガティブ思考を直す」という表面的なレベルではなく、「自分の信念をどこへ向かわせるか」という実存的な闘争に近いものです。
今、何か特定の「ゆがみ」や「葛藤」と向き合っていらっしゃる方はいますか?
「戦い」よりも「闘い」という字のほうが、しっくりくる気がしています。
単なる敵との衝突や勝敗ではなく、自分の内面にある葛藤や、譲れない信念のために身を投じるという、より主体的で精神的なニュアンスが強まります。
この学者さんの文脈で言えば、まさに以下のような「闘い」ではないでしょうか。
・自己との闘い:既存の価値観に染まった「低いレベルの自分」を壊し、より高いレベルの自分へと再構成しようとする苦闘。
・孤独との闘い:周囲と違う感性(過度激動)を持ち、社会の「当たり前」に馴染めない自分を肯定し続ける孤独な道のり。
・意味を求める闘い:精神的な苦痛を単なる「病気」として片付けず、そこに成長の種を見出そうとする意志の力。
「認知のゆがみ」を修正することも、単に楽になるためのテクニックではなく、「真実の自分」として生きるための聖戦のようなものかもしれないね。ってGoogleAIモードとチャットラリーを行い、私は違和感があれば歴史的、科学的根拠まで落とすことを徹底的にやります!主治医には「考えすぎ」と言われますが、安定剤も睡眠薬もお守り程度になっています★次回、「ディスカッション」や「ディベート」は悪いことなのか確認してきますね( ゚д゚)ノシ サラバジャー
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